最近の子供は「えんがちょ」を知らないそうです。昭和40年代くらいまでは、一種のおまじないとして、子供たちに広く伝わる風習でした。風習というと田舎のもののように思われがちですが、えんがちょは都会でも子供たちの間で代々受け継がれていました。
使われ方はこんな感じです。子供たちが何人か集まって遊んでいます。例えば鬼ごっこです。走り回っているうちに、1人が道端の犬の糞を踏んづけてしまいます。それを見た他の子共は透かさず指であるポーズを作り、大声で「えんがちょ」と叫びます。
これが、えんがちょの典型です。さて、この言葉とポーズにはどんな意味があるのでしょうか。
えんがちょの意味とは?怖い?
えんがちょの意味には2つあり、犬の糞など不衛生なものに触れて汚れてしまった者に対して、「汚れが自分に移らないようにするための防御」と「汚れてしまったものに印を付けて攻撃や警戒をする」というものがあります。
汚れてしまった者は、汚れを誰かに移すことで汚れから解放されることができます。そのとき、周囲の者は、えんがちょを宣言することで、汚れを移されないように防御することができるのです。
攻撃的な使い方では、汚れてしまった子供を指差して皆で「えんがちょ、えんがちょ」と、はやしたてる場合もありますから、差別用語的な面もあり、いじめにもつながります。
日本には昔から「水に流す」という言葉がありますが、これは日本特有の「穢れ」の考え方で、物質的な汚れだけでなく、罪や過ちのような「悪」も、禊(みそぎ)をすることで洗い流すことができると考えられています。「触ると移る」というのも、この考えを元にしたものでしょう。
えんがちょの由来・語源は?死語?
まじないで穢れを防ごうとする「魔除け」の行為は昔からあります。13世紀の絵巻物に、生首を見ている人々が、人差し指と中指を交差させるポーズで、穢れを払おうとしている図があります。えんがちょも、このような魔除けのバリエーションとして発展してきたものでしょう。
えんがちょの語源は良くわかりませんが、歴史学者の網野善彦によると、「えん」は「縁」、「ちょ」は擬音語の「チョン」が元になっているといいます。えんがちょ全体では「穢れた縁をちょん切る」という意味になります。
えんがちょは地方や時代によってさまざまなバージョンがありますが、日本全国に広く伝わる風習でした。
現在、知らない子供が増えているのは、公衆衛生が良くなって、汚れに触れる機会が少なくなったことが影響していると考えられます。特に都会では、下水などのインフラの発達と同時に、野良犬の減少などで、道端に犬の糞を見ることも少なくなっています。
えんがちょの指のやり方ポーズ
えんがちょの指のポーズにはいくつものバリエーションがありますが、その代表的なものを紹介します。
(1)片手の中指と人差し指を交差させる。右手なら右手、左手なら左手だけで、中指と人差し指を交差させます。
(2)片手の中指と薬指を交差させる。
(3)両手の人差し指を交差させるだけのシンプルなやり方です。人差し指で×印を作るだけです。
(4)両手の人差し指と親指で輪を作る。こちらもシンプルな形です。両手を顔の前に上げ、手のひらを外に向けて両手の人差し指の先同士、親指の先同士をそれぞれ触れ合わせて、輪の形を作ります。
(5)親指を、人差し指と中指の間に入れて握り拳を作る。
ちなみに西洋では(1)の中指と人差し指を交差させるポーズは「幸運を祈る」とか「頑張れ」の意味になります。LINEなどの絵文字に、えんがちょの手の形がありますが、相手が西洋人の場合には、意味が通じませんね。
えんがちょの使い方4個
■1. 穢れの防御
穢れ(けがれ)、つまり汚れたものが自分に移らないように防御するのが、最も基本的なえんがちょの形態です。
誰かが穢れに触れるのを見付けたら、指でポーズを作りながら「えんがちょ」と叫びます。これで、汚れた人に触れられても穢れが移ることはありません。
■2. 穢れに触れた人を救う
防御は簡単に「拒否」になってしまいます。周りの人が全員えんがちょをしてしまったら、汚れた人は穢れをどこにも移せずに孤立してしまいます。
これは現代のいじめの構造と同じですね。えんがちょにはこれを避ける方法が用意されています。ただし、これを行うには、汚れた人の他に二人以上の人が必要です。
まずAさんが汚れに触れてしまったとします。それを見たBさんがAさんをえんがちょします。そこにCさんが手でハサミの真似をして斬るしぐさをしながら「縁切った」と宣言します。こうすると、Aさんは穢れと縁を切ることができる、つまり汚れが消えてえんがちょではなくなります。
■3. 穢れた人との縁切り
日本的な「穢れと禊」の関係を考えると、「縁切った」は禊の一種で、上に述べたように、汚れた人から穢れを切り離す、と考えるのが自然です。
しかし、伝えられていく間に間違った解釈が紛れ込み、「えんがちょした人と汚れた人の縁を切る」という意味で「縁切った」が行われる場合があります。
つまり、えんがちょを宣言しただけでは防御はまだ弱く、縁を切ることで完全に関係を断つことができる、という解釈です。
これは、汚れた人はもう交際しないという意味にもなってしまい、汚れた人をますます孤立させるという、本来とは逆の役割を果たしてしまいます。やはり間違った解釈でしょう。
■4. バリヤー
これは、昭和40年代頃から始まったと思われる、えんがちょの新しい形です。テレビのアニメや特撮のスーパーヒーローが、敵の攻撃を遮断する「バリヤー」という能力を使うことから、「えんがちょ」の代わりに「バリヤー」と叫ぶパターンが生まれました。
えんがちょは千と千尋の神隠しにも出てくる?
宮崎駿監督のアニメーション映画『千と千尋の神隠し』にもえんがちょの場面が出てきます。主人公の女の子、千が呪いのかかった虫を踏み潰す場面です。
6本腕のボイラーがかり、鎌爺は、そのとき、千から穢れを払うためでしょう、えんがちょをさせます。
そのときのやり方はこうです。千に両手の人差し指と親指で輪を作らせます。そして、鎌爺が手刀でその輪を断ち切り「縁切った」と叫びます。これで、踏みつぶした虫からの穢れが千に移らないように防御されたのです。
映画を見た人のこの場面に対する印象は両極端です。テレビ放映時の投票では、名セリフとして2位に入っている一方、そんなセリフあったっけ?という人も多いのでした。
えんがちょの地方別の方言は?大阪・九州は?
えんがちょには地方によってさまざまな言い方があります。
北海道は「ビッキ」「ピッコロ」で、もしかしたらアイヌ語の影響かもしれません。青森では「ピースバリア」です。
神奈川ではものすごくわかりやすく「えんがちょ切った鍵しめた」と言います。鍵をしめることで防御される感じがよく出ています。神奈川では他にも「がっちょーん」「ガッキンバリア」と言います。また、横浜には「エンピ」という言い方があります。東京は「エッピー」なので、どちらが先かはわかりませんが、影響があるのでしょう。
名古屋には「めんき」「メーンキ」「イーンキ」といった言い方がありますが、どうも医学用語の「免疫」が語源ではないかとも思われます。
大阪は「でん、ぎっちょ」「べべんじょ、かんじょ、鍵しめた」「ギッチョ、べべんじょ鍵かった」です。神戸では「みっき」です。「鍵をしめる」という言い方が、関西にも関東にもあるのが興味深いです。
また「ぎっちょ」という言い方は埼玉などにもあります。
広島のえんがちょの呼び方は「ぶりっきゅー」です。
九州地域では、福岡は「がっぴ」、佐賀は「ブッチ、バリヤ」です。
えんがちょの他の言い方は?
方言でも説明したように様々な言い方があります。
エンガ、ビビンチョ、エンピ、ビッキ、バリヤー、ぎっちょ、ぶりっきゅーなど。各地方の言い方は上記の段落を見てください。
えんがちょはいじめ?汚い?
えんがちょは以前は、いじめの際にも使われることがありました。汚れたものから守るということで、相手を汚いものと扱うときに使ったのです。
今の子供は、えんがちょを使ってそんなことをすることは無いと思いますが、悪い使われ方のひとつと言えます。
えんがちょは呪術廻戦の五条の領域展開と同じ?
えんがちょと同じ指のポーズが、人気の漫画「呪術廻戦」で使われていることが話題となっています。呪術廻戦の登場人物の五条悟が領域展開するときに、そのポーズを使っているためです。
領域展開とは、自分の呪力を流し込み、心の中にあるものを具現化する意味です。
まとめ
えんがちょは、日本の伝統的な子供の遊びで、汚れたものから身を守るまじないです。地域によってさまざまなバリエーションがあります。
基本的には、指で特定のポーズを作ってまじないの言葉を言います。そして「縁切った」という、汚れてしまった人を孤立させない救いも用意されています。
下水などのインフラが整備され、野良犬なども少なくなった現代では、えんがちょの機会そのものが少なくなり、子供たちの間から消えていきつつあります。
終わったことは水に流すという日本人の性質は、不祥事が起きても責任の所在が明らかにならないなどの困った体質にも通じます。その一方で、罪や過ちを犯した人を極端に追い詰めないという、優しさにもつながっているのでしょう。